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~仕事ではなく志事が、理想の人生を創る~

 

株式会社Road
Manager マネージャー柴田 大樹

こんな

りたい

私は、『人生を誇り求められ続ける男』を目指しています。
それは、自然と仲間が集い、人から頼られ、信頼されるような男です。
その為には、『稼ぎ続ける能力』と『社会的地位』が必要不可欠です。尚且つ、人間的魅力を持ち合わせた人格者となっていくことを目標としています。
そんな理想の人間になる為には・・・『仕事』を『志事』と捉え鍛錬し続ける事が重要であり、
そういった思考の一つ一つが『理想の人生』へ繋がると考えてこだわっております。

こんな男で在りたいshibata_02

一般的に使われる『仕事』
これは、読んで字のごとく、「仕えてする事」。
誰かに仕え、指示に従ってする作業です。
私がこだわる『志事』
これは、読んで字のごとく、志しに向けて行うことです。
理想の人生の為に必要なのは『仕事』ではなく『志事』
要するに理想に向けて・目的,目標に向けて働くことだと感じて日々精進しています。

私やRoadを知ってもらう中で、理想の人生の在り方について、一人でも多くの人に考えるキッカケとなれたら嬉しいと考えています。

こんな男で在りたいshibata_03

目先の存在意義ばかり追いかけた20代

田舎での学生生活school days

1987年、青森県弘前市で生を受けました。両親と祖父母、妹との6人家族の田舎生活の中で、存分に愛情を注がれながら何不自由ない学生生活を過ごしていました。
学級委員。学校イベント。部活動。あらゆる面で目立つ事が大好きな明るい少年でした。
田舎暮らしの反動から都会に憧れる好奇心だけで大学進学を選択しました。
しかし、地元を遠く離れ東京に上京する程の理由も勇気も無かった私は、宮城県の大学に進学しました。当時の私には十分に大都会でした(笑)目的の無い大学生活と初めての一人暮らしで、学校、バイト、遊びを繰り返す日々。最初は楽しいと感じていたものの、半年も過ぎると規則や規律の無い自由風な日々の生活に充実感は無く、
周りと遜色ない自分・何の取り柄もない自分・やりたい事も目指すものも無い自分
徐々に情けなさを痛感し始め、近いうちに迎えるであろう夢も目標も無いサラリーマンとしての将来に不安と嫌気がさすようになりました。裕福ではない中で進学をさせてくれた家族に対し罪悪感を覚えるようにもなりました。結果、後先の事は何も考えず2年生に進級するタイミングで大学を中退することを決断しました。

目先の存在意義ばかり追いかけた20代shibata_04

勘違いし続けた20代前半

何か自分の存在意義(生きている意味)を主張したいと感じていました。「とにかく目立ちたい!」そんな感情だけでスタートしたのが水商売の店長です。
元々厳しい世界で生きてきた方も多く、縦社会の厳しさから義理人情、男らしさや正義、礼儀礼節、人に対する思いやりを教えて頂いたことは今でもとても役に立って います。
一緒に働いていた同僚は、10年以上たった今も大切な親友です。様々な方々に恵まれ、大学生活と比べると毎日が充実していました。

勘違いし続けた20代前半shibata_7

しかし、大学中退から水商売に飛び込んで1年が経過した頃、大人の自分・未来の自分を想像すると将来への漠然な不安が募るようになりました。解決策も分からず、相変わらず浅はかな思考の中で自分の存在意義をもっと実感したい!と思い、
「とにかくもっと目立ちたい!」という感情だけで変化・刺激を求めていました。そんなタイミングだったこともあり、先輩に誘われたことをきっかけに上京を決意します。当時は都会に行けば何かチャンスがあるのではないか?テレビにでも出ることが出来たら、目立てるのではないか?誇れるのではないか?認められるのではないか?そんな甘い考えしかありませんでした。周囲がしてないことをすれば良い、派手な見た目をしよう、稼げれば良いんだ。そうすれば、何かが変わる!と根拠もなく信じていました。今思うと怖いもの知らずで、あまりのフットワークの軽さに、本当に無知過ぎたんだな…と恥ずかしくなります(笑)
それでも、20歳で責任者を任され、25歳で7店舗の運営に携わり、従業員200名を従え、年収3000万を稼げるようになりました。色々な人に支えられながら楽しい毎日を送り、人の汚さや怖さも多々経験しました。同世代のその一瞬だけ切り取れば、周囲からも称賛され目立つことが出来ました。
しかし、その場の見栄えだけを気にした中身のない、虚像の塗り固められた自分自身と薄い人間関係では、本当の意味での存在意義を実感できることはできませんでした。もちろん未来への不安も拭えず、物理的な将来の安定や未来も見えず、大きな勘違いをしていた事にやっと気づき、27歳で水商売を卒業(夜を上がる)することを決意しました。

夕日shibata_11

突き付けられる現実reality

人間関係などあらゆるものに疲れ果てた私は、後輩のツテをたどり静岡に引っ越しました。
仕事のツテは無く(真剣に探していなかっただけ)、派遣社員として工場勤務生活がスタートしました。
作業服を着て、ブザーで時間管理されながら室外機を作り、給料は手取り15万でした。
学歴と職歴もなく、社会の仕組みも分からず、将来性も未来へのビジョンも無い現実を知りました。これが一般社会なのか?っと、物思いにふける日々を過ごし続けました。
虚像の世界にいて錯覚していた部分も多くありましたが、自分が何者でもない事、何処にも向かっておらず、ただ消化するだけの日々を送っている事を実感しました。
毎日憤りを感じながら、将来どんな生き方をしたいのか?考え続ける1年となりました。
そんな時、自分自身を変えるきっかけとなったのが彼女の存在です。
収入が多いとは言えない保育士でありながら、現状も未来にも誇れるものがない私の為に毎週東京から会いに来てくれました。

この人との幸せな将来を作っていきたい。
一時的な幸せや栄光ではなく、安心できる将来を作っていきたい。
そんな想いがふつふつと沸き上がり、本気で人生をやり直すことを決意しました。

宮城

片江

との出会い

未来

の為の

リスタート

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しかし収入も少なく厳しい生活の中で、金銭感覚は環境が変わっても変わらず、
往復1万円以上のタクシー代金をかけハローワークに通うほど金銭感覚が狂っていました (笑)
何をどうすればいいのか?社会の常識も一般教養も知らないまま時間が過ぎました。
水商売の世界での経験しかない私は、水商売の世界ではなく一般的な会社員となり年収1000万円を稼ぐことさえ出来れば、将来の安心を手にいれることが出来るのではないか?と考えるようになりました。
まずはとにかく稼ごう!
その他の『充実したプライベート』『心底信用し合い語り合える仲間』『目先だけでなく未来に繋がる環境』を求めたところで全てが手に入るわけがない!
だからこそとにかく収入だけを求め、それ以外は求めない!
人は信じず、業績を上げ稼ぐ!それが勝ち上がる唯一の道!
そんな想いで、再度東京に上京しメガベンチャーと言われる営業会社に入社しました。
この時、上司となったのが、宮城、片江です。

そこから私の全ては変わり始めました。

不器用に愛を貫く宮城

営業会社で働きはじめ、社会の一般常識、感謝心、仲間への愛を教えてくれたのが宮城です。
今だから言えますが、出会ってからの1年半はただ怖く、どちらかというと嫌いな存在でした(笑)
あまりにも仕事においてレベルが低かった私からすると指摘を受けている内容はほとんど頭には入っておらず、ただ毎日朝から夜中まで怒られ、全否定され続けているような感覚でした。
そして、常に自分自身の見解を求められました。
「わかるわけねぇよ。少しは俺の事を考えろよ。
思いやり持てよ。」毎日毎日不貞腐れていました。

そんな中でも後のない私は誰よりも長い時間仕事をし続け、辞めることだけはしませんでした。当時は何を評価されたかも分からないままに昇格をさせていただきました。その頃から徐々に宮城から「柴田がそう進めるなら、それでいいんじゃない?」と意見を認められる事が増え、成長を実感しはじめた頃、宮城への見方が変わり始めました。日々自分自身の事しか考えず過ごしていた事、故に視野が狭く宮城の想いを理解できていなかった事に気づきはじめました

不器用に愛を貫く宮城shibata_13

宮城はどんなに些細なことでも部下が褒められると自分の事のように喜んでくれます。
逆に、人に対して思いやりがない発言と行動は誰よりも嫌います。
30歳を過ぎても宮城は年齢問わず若者と酒を交わし、誰よりもはしゃぎ楽しんでいました。
今では幸せな家庭を作っている奥様との出会いからお付き合いを重ねている頃も、些細な連絡のやり取りや、デートプランなど恋愛相談までしてくれるほどに頼ってくれました。
実は、最初から誰よりも私の事を想ってくれて本気で育てる為にしてくれていたことなんだと遅かれながら気づきました。
自分自身の昇格よりも、何も実力のない自分の昇格を推薦してくれていました。
部下の人間的な成長を願い、わざわざ家を解約し、衣食住を共にしてくれました。
常に想像し創造することに誰よりもワクワクしています。

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全ての現実は夢から始まる
宮城が大好きな言葉です。
宮城はどんなレベルの人材に対しても理想像やあるべき姿を訴えてきてくれます。
そして、その訴えは仕事だけの上司部下の関係ではなく、人生を共にする仲間として求め続けてくれます。
Road創業前から口癖のように「収入と立場を手に入れても一緒に共有できる仲間がいないと孤独なだけ」
と言っていました。

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上辺だけの関係でもなく、居心地のいいだけの関係でもなく、社会で共に戦い、社会の中で存在意義を見いだし、一緒に幸せを実感できる仲間を求めています。
そんな宮城の理念と想いに気づくのがあまりに遅過ぎたと今では反省し、申し訳ないと思っています。
そして、感謝しきれないほどに感謝しています。
それにしても、「伝え方は未だに不器用だなー」と思いますが(笑)
本当の意味での『仲間』との幸せの価値観と社会で仕事をする上での基盤を創ってくれたのが宮城です。

愛情深い孤高なイノベーター片江

片江との出会いは、前職の説明会でした。
当時23歳の片江に対して、28歳目前の私は一生懸命話についていき、理解しているフリをするだけしか出来ませんでした。それほど圧倒的な差がありました。
会社の収益を第一に求める前職では朝から朝まで仕事をし、給湯室で頭を洗い、2日間寝ないのは当たり前の環境であり、パソコンも触った事が無い自分には毎日が過酷でした。
宮城の愛情にまだ気づいていなかった状況の中で、誰も信じずとにかく稼げれば良い!と意地になっている自分の心をこじ開け、未来を創ってくれたのが片江です。

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史上最短最速で昇格した部長の片江に対し、末端社員の 自分はあまり直接話す機会はありませんでした。
入社から8カ月ほど経った頃、私は体力的にも金銭的な生活もきつくなり、現状を打破する気力も失い、将来も見えずに落ち切っていました。
そんな状況を片江は気づき、私との面談の時間を定期的に設けてくれました。
誰にも心を開かないと決意している当時の私は、当たり障りない業績についての課題を話していました。
そんなことも全てお見通しで、「本当は今こんな事を思ってるんじゃないですか?」と抱えている不満や不安を全て適格に当てられました。

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常に上辺で体裁を繕い、人を信じず、自分自身を美化しながら、逃げている私のことを全て見透かされていました。
それでも、怒る事なく諭しながら話し続けてくれました。
直属の上司にも話したことのないような事のはずなのに、日頃から常に一緒に仕事をしていたわけではないのに、いつも見守ってくれていて、気づいてくれていました。
片江の言葉は自分自身の根底の考えと現状の気持ちそのものを刺し、年甲斐もなくその場で号泣してしまいました。

自分の事を自分よりも本気で考え、本気で想い話してくれる片江に感謝を感じると、同時に自分自身の未熟さを痛感し涙が溢れ続け止まりませんでした。

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その時やっと閉ざしていた心を開き、ただ稼ぐだけ・ただ目立つだけ、そんなことは理想ではないと改めさせられました。
稼ぎ方だけでなく、人としての『器』をこの人から学ぼう。そう思うきっかけとなりました。
その後、時を経て徐々に変わり始める事が出来ていた私に大きなチャンスが到来します。
人事異動のタイミングで、片江の直属の部下で働けるチャンスをもらうことが出来ました。
毎日片江と擦り合わせる中で、目先の業績だけでなく常に自分と周りの将来を考えアドバイスしてくれました。
仕事の事だけでなく、家族の事、生活の事、恋愛の事などの相談に、いつ何時でも全身全霊で本気で向き合い答えてくれます。

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片江からは「こうあるべきだ!」などと一度も強要されたことはありません。
常にその人が求めるものを形にしようと導き、その求める道が間違っていれば正してくれます。
そんな偉大なる存在でありながらも、出会ってから現在に至るまで、部下である私に対して敬語で接してくれています。
「年齢が上だから、人生の先輩だから」などと、自分への敬意を常に払ってくれます。
そんな真摯的な姿勢を常に見せ続けてくれます。
そして、常に人に対して向き合い続け、その人の理想の人生の為に、最前線で走り続けています。
ここ数年片江と行動するようになり気づいた事は、表面上に見える偉大な姿の裏には、大切な家族と仲間の求める理想実現の為に、誰よりも自分自身と戦っているという事です。
私が行動に移す以前に、諦め求める事もしなかった理想の将来に対して片江は具現化しようと本気で愚直に突き進み、常に勇気と進むべき道を創ってくれる存在です。

常に理想の仲間像を基準に訴える『宮城』
その人の状況・レベルに合わせて導いていく 『片江』

同じ価値観を共有し合いながら同じレベルの仲間を求める 『宮城』
仲間と同じ価値観を共有し合いながら常に先頭を走り続ける『片江』

兄貴肌を出しながら無邪気でお茶目な一面のある 『宮城』
人を立て、活かしながらも更なる未来に向けて引っ張ていくパワフルな『片江』

理想的なビジョンを発想豊かに描く 『宮城』
現実を踏まえて理想の体現を追及する『片江』

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性格や特性は真逆な2人ですが、人生を豊かなものにしていき、幸せな生き方を追及していく姿には共通している部分がたくさんあります。

私に対して本気で向き合ってくれた2人が望む将来は私がいつしか諦めていた、気づいているようで気づいておらず見失っていた理想の将来です。
だからこそ、心底本気で望む将来を創れる場所は『Road』であると実感しています。

愛情深い孤高なイノベーター片江

生き方 望む人生を求めていい

宮城、片江に学んだことは、現状から考えることなく自分自身が望む人生を求めて良い!という事です。
そして、実現するためには現状を真摯に受け入れ、理想を描き、素直に愚直に自分自身を変えて努力することが必要であるという事です。
また、経済情勢を理解し、体現の仕方を常に追求し成長する事が必要です。
幸せな人生にしたい!
幸せを大切な人と共有したい!
年を重ねる毎に幸せを濃くしていきたい!
年を重ねる毎に共感できる大切な人を増やしていきたい!

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望むことさえも諦めていた最高の人生を今は本気で叫ぶことができる場所と仲間がいます。

宮城、片江との出会いから5年が経過しました。
私の価値観は成長し、生活水準も環境も大きく変えることが出来ました。

諦めずに進み続ければ理想に近づけると実感できた経験を自信に変え、生涯挑戦し続けていきたいと思っています。

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志事が在り方を創る

学生時代、価値観を創り、育むのは学校という環境でした。
その中で同じ価値観の友達ができました。

今では学生時代の友人と会う機会は年々減っています。
そんな中、珍しく友人と会うと思い出話に花が咲きます。
むしろ、思い出話にしか花は咲きません。

職場と生活という環境が各々にあり、当時とは違い同じ価値観の中で生きていないのだと実感します。

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社会人になり、価値観や人生観を創り、理想の将来を創るのは職場であると知りました。
だからこそ、上司や他人に仕え、指示に従う『仕える仕事』ではなく 志や信念をもち、個人のみならず公のために『存在意義を創り育む志事』であるべきだと考えています。

この『志事』を通しての日々の努力が、自分自身を磨き、仲間を創り、会社を創り、目指すべき人生を作ることに繋がると思っています。
私は多くの人に出会い、染まり、支えられ、影響を受けて創られてきました。
出会う人によって人生は大きく変わります!
職場という環境と文化によって人格も生活も将来も変わります!

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だからこそ30代となった私は、20歳の失敗と後悔や多くの方々から学んだことを活かし、与えてもらう側ではなく与える側になっていきたいと思っています。
私と同じように学歴も職歴も無い20代の方々の進む先の人生を良くできるように導き、変えることが出来る男になっていきたいと考えています。
これこそが会社の『社会貢献』と自身の『存在意義』に繋がると信じています。
私の生き方が『Road』であり、私の将来が『Road』の将来です。
志事が人生の在り方を創ります。私の人生が『Road』です。

最後に…shibata_31
 

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